京都地方裁判所 昭和52年(わ)1号 判決 1980年9月02日
被告人 大村寿雄
昭一八・四・二九生無職
主文
被告人を懲役五年に処する。
未決勾留日数中一、三二〇日を右刑に算入する。
押収してある数次往復旅券(旅券番号ME1552344、昭和五三年押第三三〇号の2)の偽造部分を没収する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
本件公訴事実中、旅券法違反の点(昭和五二年一月五日付起訴状記載の第二の事実)については、被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 村橋稔と共謀のうえ、治安を妨げ、かつ、人の身体、財産を害する目的をもつて、昭和四四年一〇月一七日午後一一時三〇分ころ、京都市東山区馬町通東大路西入下新シ町三三九番地所在の京都地方公安調査局前路上において、たばこピース空缶にダイナマイト、パチンコ玉などを充てんし、これに工業用雷管及び導火線を結合した手製爆弾一個を、右導火線に点火したうえ、同局の鉄筋コンクリート二階建庁舎本館屋上に投てきして爆発させ、もつて爆発物を使用した。
第二 昭和四九年六月一八日付日本国外務大臣発行にかかる数次往復用一般旅券(旅券番号ME1552344、昭和五三年押第三三〇号の2)の発給を受けて外国旅行中、行使の目的をもつてほしいままに、昭和五〇年一月ころ、ユーゴスラビア国内において、鉛筆を用いて外務大臣印の押捺してある右旅券の第二ページ旅券番号欄の「ME1552344」の冒頭に「K」を加え、右数のうち「3」を「8」に改め、末尾に「8」を加え、同ページ氏名欄の「TOSHIOOMURA」の「TOSHIO」の冒頭に「KA」を加え、「OMURA」の冒頭に「A」を加え、「KATOSHIO AOMURA」とし、同ページ本籍欄の「KYOTO」の冒頭に「TO」を加え「TOKYOTO」としたうえ、さらに同年三月ころ、イタリア国内において、前同様鉛筆等を用いて右氏名欄の氏の冒頭のAを消除してそのあとに「N」を加え、名の冒頭のKを消除してそのあとに「T」を加え、ボールペンを用いて同旅券第五ページ所持人自署欄の「」の氏の冒頭に「」を加え、名の冒頭に「」を加え、もつて、日本国外務大臣発行名義の旅券番号KME15528448、旅券受給者氏名TATOSHIO NOMURA、本籍TOKYOTO、所持人氏名の旅券一通の偽造を遂げたうえ、昭和五一年一二月四日、チエコスロバキアからカナダに入国するに際し、同国ケベツク州モントリオール市所在のミラベル国際空港事務所において、同空港駐在の同国税関吏兼入国審査官ジヤン・マルク・ルソーに対し、右偽造の旅券一通を真正に成立したもののごとく装つて呈示して行使したものである。
(証拠の標目)(略)
(争点に対する判断)
第一爆発物取締罰則違反の事実について
一 弁護人の本罰則が憲法違反であるとの主張について
弁護人は、本罰則第一条は特定の思想、信条を抱く者に対する選別的刑罰であるから憲法一四条一項に違反すると主張するが、本罰則第一条は、特定の思想、信条とは関係なく、何人であろうとも社会の治安をみだし、又は人の身体財産を侵害する目的で爆発物を使用した者等を犯人となし、これを処罰することを規定するものであつて、右のような選別的刑罰でないことが明らかであるから弁護人の右主張は採用できない。
また、弁護人は、本罰則第一条はその不適正な重罰性等の故に憲法三一条、三六条に違反すると主張するが、本罰則第一条の規定する爆発物使用罪の極めて重大な危険性にかんがみると、「使用する」とは現実に爆発するに至らなかつた場合を含むとしても、同条に定める刑罰が人道上残酷な刑罰といえず、その法定刑が立法政策の範囲内のものと考えられるので、弁護人の右主張も採用できない。
二 弁護人及び被告人の、被告人は無罪であるとの主張について
1 本件爆発物の威力等について
本件爆発物(以下、ピース缶爆弾という。)が公共の安全を攪乱し、又は人の身体、財産を害するに足る破壊力を有していたことは、前掲各証拠により優に認められる。
すなわち、前掲関係各証拠によると、本件ピース缶爆弾が爆発した現場の破壊状況は、弁護人が指摘するように単にコールタール部分がめくれただけではなく、爆心部においてはその下のコンクリート部分に、東西六センチメートル、南北四センチメートル、深さ〇・六センチメートルの凹損を生ぜしめているほか、爆心部から約五五センチメートル離れた給水塔の東コンクリート壁にも、最大直径三センチメートル、深さ〇・六センチメートル位の凹損をはじめ多数の凹損を生ぜしめ、さらに同塔北東角部に長さ約一一センチメートルにわたる欠損を生ぜしめており、一階から二階に至る階段の踊場の窓ガラスも破壊され、北接する女子大寮の住人に対しても相当の脅威を与えたこと、本件現場及びその付近から、ピース缶の破片その他の残さい物及びパチンコ玉一個が発見され、これらに対する関係各鑑定、並びに右パチンコ玉と同一種のパチンコ玉が用いられていることその他より本件ピース缶爆弾と同一種のピース缶爆弾と推認される東京都のアメリカ文化センターで押収されたピース缶爆弾の鑑定の各結果に照らすと、本件ピース缶爆弾は、ダイナマイト等の爆薬及びパチンコ玉等を充てんし、これに工業用雷管及び導火線を結合した強力な威力を有するものであることが認められ、本件ピース缶爆弾がその爆発作用によつて公共の安全を攪乱し、又は人の身体、財産を害するに足る破壊力を有していたことは明らかである。
2 杉本証言(第六、七回公判)及び村橋の検面調書(二通)の信用性
先ず杉本証言について案ずるに、弁護人も指摘するとおり、本件当時、杉本が睡眠薬を常用していたことは、同人の証言から窺われるが、同人が本件のような特殊で重大な事柄に関与していた人物を誤認したりすることは到底考えられず、本件の二、三日前被告人から本件の分を含めてピース缶爆弾二個を預つたこと、本件当夜杉本方で被告人が主体となつて他の参集者に投てき実行役をつのり、結局村橋がこれに応じたこと及びその翌日杉本が被告人と会つて本件爆発の状況を聞いたこと等を述べる杉本証言は、時間の経過により細部については当然忘失している点も窺われるが、右の如く事柄の性質上忘れえようもない重要な点については、自然かつ具体的に述べており、自己が睡眠薬を常用していたことを隠さず、これを前提にして述べている点をも考えると、弁護人指摘のその他の点をあわせ検討しても同証言の信用性は十分に認められる。
また、杉本証言は、捜査状況についても、被告人の名前を出すについて捜査官の誘導は無かつた旨明確に述べている。旅券法違反の点に関し、杉本が被告人に対し、悪意を抱く動機はあつたといえるが、捜査段階はともかく、当公判廷における証言時には、右の点に関する自己の罪責も執行猶予付で確定していたのであるから、仮に一時悪意があつても、既に沈静していたとみられるし、同人の証言態度中にもことさら被告人を陥れようとする点は全く窺われない。
次に村橋の検面調書については、同人は同調書において、被告人と杉本方で会い、被告人から公安調査局への爆弾投てきの実行役を頼まれて引き受け、点火方法等について教示されたうえ、被告人の運転する車で本件現場へ至つたこと及び同車中で被告人から袋に入つた爆弾を受け取つたことなどを述べながら、公判廷においては、被告人とも杉本とも面識はなく、本事件に関しては検事の誘導によつて、被告人や杉本の名前を適当に書いてもらつたと供述する。しかし、右供述部分は、本件以前に村橋と被告人は面識があつたとする杉本証言や被告人の当公判廷における供述と対比しても、またその証言の不自然、不合理性に照らしても信用できない。これに反し、村橋の検面調書は、自然かつ合理的に具体的事実が述べられており、前記杉本証言とも合致し、その信用性は高いものと認められる。
なお、三潴末雄の検面調書も、同人の当公判廷における供述のあいまい性と不誠実な供述態度に対比すると、自然かつ具体的であつて、右と同様に信用性が認められ、同人の右検面調書の記載も、杉本証言及び村橋の検面調書の各信用性を裏付けると共に、本件が被告人らの犯行であることを補強するものであると認められる。
3 被告人のアリバイ等
被告人は、当公判廷において、昭和四五年初めころ、自己の渡米資金のカンパを集めるため、自己が本件に関与したかの如く杉本らに述べたとか、渡米後帰国する意志は無かつたので、ピース缶に関するトラブルは自己のせいにしてもよい旨述べたとか供述するが、それ自体不自然であるうえ、杉本証言はこの点を明確に否定している。
また、被告人は、本件当時入院した旨供述し、弁一号(仮差押決定書謄本)が提出されたが、被告人の交通事故による病状はいわゆるムチ打症であり、被告人自身の供述によつても、継続的に入院していたものでなく、本件前後に東京へ行つたり、九州へ行つたというのであるから、その症状は軽度のもので、外出も十分可能な状況であつたものと認められ、弁一号中の継続的な入院があつたとの記載部分は到底信用しえない。
三 以上の次第で、杉本証言及び村橋の検面調書はいずれも信用性を肯定すべきであり、当裁判所は、これらの証拠及び関係各証拠を総合して被告人の判示第一事実を認定した。
第二有印公文書偽造の事実について
本件の主位的訴因は、別紙のとおりであり、これに添う被告人の供述書(検第一三二号)も存するが、右供述書の直後の供述書(検第一三三号)で被告人は先の供述書を撤回する旨述べており、被告人は当公判廷においても、右供述書作成時は精神的に不安定な状況であつたと述べている。被告人が捜査段階から黙否を続けていたことを考えると、精神的状態が緊張のあまり不安定であつたとの点もある程度首肯しうるし、本件について当公判廷において、十分な時間的余裕の中で記憶を喚起し、偽造について詳細に述べるところは、罪責に何らの影響もない事柄でことさら作為を弄しているとも考えられず、当公判廷で供述するところが真相に合するものと考えられるので予備的訴因を認定した。
弁護人は、本件当時被告人に適法行為の期待可能性がなかつたと主張するが、ユーゴスラビアは外国人管理体制が厳しく働くことができないためイタリヤに入国する必要に迫られたというだけで適法行為の期待可能性がないとは到底いえないのみならず、異国において逃亡者となつたのは、被告人が自ら招いた事態であり、関係機関への出頭を妨げたのは、被告人の左翼としての自負心もあつたというのであるから、右の主張は採用の限りでない。
なお、本件旅券中の自署欄も作成名義人が被告人の独立文書ではなく、外務大臣作成名義の旅券の一部となつているものと認めるのが相当であるから、右の部分についても偽造罪は成立するものといわなければならない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は、刑法六〇条、爆発物取締罰則一条に、判示第二の所為中有印公文書偽造の点は包括して刑法一五五条一項に、同行使の点は同法一五八条一項、一五五条一項に各該当するが、右の有印公文書偽造とその行使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により結局以上を一罪として犯情の重い偽造有印公文書行使の刑で処断することとし、判示第一の罪につき有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、なお後記の犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法二一条により未決勾留日数中一、三二〇日を右刑に算入し、押収してある数次旅券(前押号の2)の偽造部分は、判示第二の有印公文書偽造罪により生じた物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項三号、二項によりこれを没収し、訴訟費用の負担につき、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
被告人は、判示第一の犯行後の昭和四五年七月ころ海外へ出国し、同四九年初めころ一時帰国したものの、同年七月ころ再び海外へ出国し、同五一年一二月カナダから日本に強制送還されてきたものであるところ、判示第一の犯行は、被告人が企画し、村橋稔を誘い込み、同人を教示、案内して爆弾を投てきせしめ、被告人が主犯として敢行したものであり、その動機は、被告人自身の言葉でいえば、国家を解体したいという観念の世界での欲望を、現実の世界を十分吟味もせず、実行に移そうとしたもので、軽薄極まりない行動であるうえ、社会人心に大きな恐怖心を与えた人の身体、財産に対する侵害の危険性の高い極めて悪質な重大犯罪であるといわなければならない。また、判示第二の犯行は、判示第一の犯行による逮捕を免れるため海外に逃亡中、外国において公文書である旅券を偽造、行使したものであり、その罪責も軽くはない。
しかし、判示第一の犯行による被害は、幸いにして物的損害に止り、判示第二の犯行も早晩発覚を免れないと思われる稚拙なものであること、被告人自身さしたる前科もない身で、老母がその釈放の日を待ちわびていること、爆発物取締罰則第一条違反の法定刑が重刑であること、昭和五二年九月のダツカ空港における航空機強取犯人らの呼びかけを拒否して国外に逃亡することなく今日に至つていること(但し、呼びかけ拒否は思想的立場を異にするためであり、犯行に対する反省の認め難い公判等における供述態度で、ヤユとことわるものの本件被告事件が犯罪というのなら検察官主張の再犯の虞があるという点には同意すると揚言している。)等被告人に有利な事情を斟酌すると、酌量減軽のうえ懲役五年に処するを相当と思料する。
(一部無罪の理由)
一 本件公訴事実中旅券法違反の点は
被告人は、昭和四九年六月一三日ころ、京都市上京区荒神口通河原町荒神口町一一五番地喫茶店「しあんくれーる」店内において、行使の目的をもつて、杉本嘉男から外務大臣発行にかかる古家優名義の数次往復用一般旅券一通(旅券番号MOE1275014)(以下、本件旅券という。)を譲り受けたものである
というのである。
二 関係各書証(検第五四の二、五五、五六、五八ないし七一、七四ないし七七、一五三)及び杉本証言(第一九、二〇回公判)並びに被告人の当公判廷における供述によると、被告人は前記の日時ころ、京都市内において杉本から本件旅券を譲り受けたことが認められる。
しかし、被告人に行使の目的があつたか否かに関しては、被告人は当公判廷において、昭和四五年七月、日本を出国し、昭和四九年初めに帰国する迄の間、ヨーロツパにおいて、アジア人グループの日本人Aから、アジア人グループの者が旅券が無くて身動きできずに困つているので、日本の数次往復用一般旅券は便利であるから、これを見本として使つて新たな旅券を偽造したいので、見本にする旅券を何冊か入手したい、と依頼され、被告人が持参した場合それ自体の写真を貼り替えて使用する等を絶対にしないことを条件にこれを引き受け、帰国後杉本にも「旅券は偽造の見本にするゆえ迷惑はかからない」などと打明けたうえで、本件旅券を譲り受けたものである、と供述する。
被告人の述べるとおり、本件旅券の譲り受けが、偽造の見本にするためのみのものであるとすれば、旅券法にいう行使の目的、すなわち、旅券を出入国の際に真正な旅券として係官らに呈示するなど旅券本来の用途に供する目的はないものといわなければならないので以下検討する。
三 この点に関し、杉本証言は、結論的にはほゞ被告人の供述と一致するに至つたが、その経過において格別不自然さが認められず、同証人は自分としては、偽造の見本にすることも、偽造であると考えていた旨述べており、同人の昭和四九年一〇月二二日付裁判官面前調書中(検第一五二号)の、被告人が「偽造するかもしれん。」と云つていたとの部分も同調書の簡潔な内容と杉本の当公廷証言の経過内容を対比してみると、被告人が杉本に対し本件旅券自体を偽造(該旅券自体に手を加えるなどして)する趣旨の発言をしたことを認めさせるに足りないものというべきである。また、古家優の供述調書中からも、本件旅券自体を偽造する趣旨を示す確定的な供述記載は見られない。
四 ところで、検第一三九ないし一四四号、一五三ないし一五六号及び押収してある旅券写四通(前押号の3、4)並びに第二八回公判における検察官の釈明によると、昭和四九年七月二六日、パリ、オルリー空港において、日本赤軍及びパレスチナ解放組織のシンパであると名乗るベイルートから到着したヤマダヨシアキなる人物が仏国警察の取調を受けた際、本件旅券及びその他三通の旅券を所持しているのを発見され、差押えられたこと、本件旅券(前押号の3はその写)には、同年七月一〇日羽田空港から出国した旨の偽造と思われる査証印が押印されているほかは改変、追削されたところは見受けられず、また右ヤマダは右オルリー空港でこれを呈示使用していないこと、その他三通の旅券は物自体が日本国作成発行のものではない偽造旅券であると思われるが、右のうち一通(発見物1、番号E085129)は、発行年月日や査証9、10、11らんの記載からみて問題もあるが、その氏名、性別、本籍、生年月日、身長等の記載及び査証9らんが偽造であることなどからいつて、本件旅券を見本として偽造されたものと思われ、右ヤマダはオルリー空港でこの偽造と思料される旅券を呈示使用したこと、右ヤマダが所持していた本件旅券以外の三通の偽造と思料される旅券の体裁、内容、通数及び偽造と思料される一〇〇ドル(米)紙幣一〇〇枚の発見等からみて、被告人が本件旅券を渡した相手方関係者らは、真正な旅券を見本として別個に新たな旅券を作成偽造する能力を有する者らであつたとうかがわしめる情況であることなどが認められ、これらによれば、被告人が譲り受けた本件旅券は、偽造の出国査証印が押捺されていたものの、出入国に際して呈示行使されたことがないばかりか、ヤマダが所持していた三通の偽造旅券は物自体がすでに日本国発行のものとは別個に作成偽造されたもので、被告人が旅券を渡した相手方には旅券その他の偽造団の存在することが推認され、被告人の当公判廷における供述をある程度裏付けるものがあるといわなければならない。
五 検察官は、被告人が杉本に何冊でもいいから集めてくれと多数冊の旅券の入手方を依頼し、かつ、偽造の見本に供するだけであることを説明した形跡がないこと、本件旅券に偽造の日本国出国査証印が押捺されていること、ヤマダ所持の三通の偽造旅券が本件旅券を見本としたものとはいえないことなどからいつても、被告人が本件旅券の名義人以外の者が貼付の写真を貼り替えて使用することは十分認識していたものであると主張するが、前記説示に照らすと、被告人が杉本に対し、偽造の見本に供する趣旨の供述をしなかつたとは認められず、かえつてかかる趣旨の話をしたことがうかがわれるほか、ヤマダ所持の偽造旅券中には本件旅券を見本として記入作成したものと思料されるものが存在し、また見本用であつても多数冊あることはより価値が高いし、本件旅券に偽造の日本国出国査証印が押捺されていても肝腎の写真が貼り替えてもなく出入国に呈示使用した形跡が全くないこと、さらには前記のような偽造団の存在が推認される情況であることなどにかんがみると、たやすく被告人が本件旅券の写真を貼り替えて使用されることを認識していたとは断定しがたい。
六 以上の次第であつて、被告人が当公判廷において、本件旅券を偽造の見本にするつもりであつたと一貫して供述する点は、例外的目的の形態であることを考慮しても一概に排斥しえないばかりか、譲渡人たる杉本の証言中にも右の点を裏付ける部分があつて、結局本件旅券を譲り受けた被告人が、行使の目的を有していたことを認めるに足りる証拠がなく、旅券法違反の点については証明不十分であるといわざるを得ない。
よつて、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し、旅券法違反の点について無罪の言渡をする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田治正 河上元康 小野博道)
別紙
被告人は、昭和四九年六月一八日付日本国外務大臣発行にかかる数次往復用一般旅券(旅券番号ME1552344)の発給をうけて外国旅行中、行使の目的をもつて、ほしいままに昭和五〇年一月ころ、ユーゴスラヴイア国内において鉛筆を用いて外務大臣印の押なつしてある右旅券の第二ページ旅券番号欄の「ME1552344」の冒頭に「K」を加え、右数字のうち「3」を「8」に改めて末尾に「8」を加え、同ページ氏名欄の「TOSHIO OMURA」の冒頭に「A」を加えて「ATOSHIO OMURA」とした上、同年三月ころ、イタリア国内において、前同様鉛筆を用いて同氏名欄の氏の冒頭に「N」、名の冒頭に「T」を加えて「TATOSHIO NOMURA」とし、同ページ本籍欄の「KYOTO」の冒頭に「TO」を加えて「TOKYOTO」とし、更にそのころ同国内において、鉛筆を用いて同旅券第五ページ所持人自署欄の「」と自署した氏名の氏の冒頭に「」、名の冒頭に「」を加えて「」とし、もつて日本国外務大臣発行名義の旅券番号KME15528448旅券受給者氏名TATOSHIO NOMURA、本籍TOKYOTO、所持人氏名の旅券一通の偽造を遂げた上、昭和五一年一二月四日チエツコスロヴアキアからカナダに入国するに際し、同国ケベツク州モントリオール市所在ミラベル国際空港事務所において、同空港駐在の同国税関吏兼入国審査官ジヤン・マルク・ルソー(当二五年)に対して、右旅券一通を真正に成立したもののごとく装つて呈示して行使したものである。